神戸地方裁判所 昭和40年(ワ)994号 判決 1967年3月23日
原告(反訴被告) 川口ミヨノ
<ほか二名>
右三名訴訟代理人弁護士 玉生靖人
同 仁藤一
同 菅生浩三
同 米原克己
同 露峰光夫
兵庫いすずモーター株式会社訴訟承継人
被告(反訴原告) 神戸いすず自動車株式会社
右代表者代表取締役 森川正則
<ほか一名>
右被告ら訴訟代理人弁護士 元原利文
主文
被告神戸いすず自動車株式会社は、原告川口ミヨノに対し金四〇万〇〇〇〇円、その余の原告らに対し各金二〇万〇〇〇〇円を、いずれも右各金員に対する昭和四〇年一月一日以降支払済まで年五分の割合による金員を附加して支払え。
原告らその余の請求を棄却する。
反訴被告(原告)らは各自反訴原告(被告)神戸いすず自動車株式会社に対し、各金八万六三三三円および右各金員に対する昭和三九年一二月三一日以降各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、本訴につき生じたる部分は原告らと被告蒲田の間においては原告らの負担、原告らと被告神戸いすず自動車株式会社との間においては各当事者の支出した分を各当事者の負担とし、反訴につき生じた分は反訴被告らの負担とする。
この判決第一、三項は仮に執行できる。
事実
原告ら訴訟代理人は、本訴として、「被告らは各自、原告川口ミヨノに対し金二六八万〇四〇〇円、原告川口清信に対し、金二一八万〇四〇〇円、原告川口正男に対し金二一八万〇四〇〇円を、右各金員に対する昭和四〇年一月一日以降支払済まで年五分の割合による金員を附加して支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言、反訴につき、「反訴原告の請求を棄却する。反訴費用は反訴原告の負担とする。」との判決を求め、つぎのとおりのべた。
(本訴請求原因)
一、訴訟承継前の被告兵庫いすずモーター株式会社(以下兵庫いすずと略称する)は神戸市に主たる営業所を有し、自動車の修理販売を業とする会社であり、被告蒲田秀夫は兵庫いすずの従業員で自動車の販売に従事していたものであった。
二、昭和三九年一二月三〇日午后五時二〇分頃、兵庫県加西郡北条町鎮岩先県道高砂北条線において、同道路を北進する被告蒲田の運転する兵庫いすず所有の普通乗用自動車(いすずベレット一九六五年姫路一二―四八の運転許可番号―以下被告自動車という)の前部と、同道路を南進する訴外川口清人運転の普通乗用自動車(ルノー一九六一年式兵庫五そ四八四四号―以下原告自動車という)の左側ボデーとが衝突、これにより同訴外人は肺損傷血胸の傷害をうけ、同日午后六時五〇分頃死亡した。
三、兵庫いすずは被告自動車を運行の用に供し、右事故は被告蒲田が兵庫いすずの業務に従事中のものであるから、その運行によって生じたものであるところ、兵庫いすずは昭和四一年四月一日被告(反訴原告)神戸いすず自動車株式会社(以下被告会社と略称する)に吸収合併された。
四、右事故は被告蒲田の過失によって生じた。すなわち、
(イ) 同被告は、前記日時に、前記県道を北進して前記事故現場の手前一五〇メートル位手前附近の道路が左にカーブし、かつ下り坂となった地点にさしかかった際、自動車運転者としては、常に道路の中央より左側を通行し前方左右を注視すべき義務あるにもかかわらず、右地点より右事故現場の五〇メートル位手前の地点までの道路の左側の路面状況が著しく悪く、でこぼこが散在していた状態であったので、道路中央線より右側を時速四五キロ以上のスピードで坂を下りかかったところ、折柄前方より加古川方面に向って道路左側を直進して来る原告自動車を発見、あわてて道路中央より左側に向かおうとし、川口清人も正面衝突の危険をさけようとして急ブレーキをかけながら右に逃げようとしたが間に合わず、被告自動車の左前部と原告自動車の左前部とが激突、そのまま被告自動車の前部が原告自動車の左側面に激突したものである。
(ロ) 仮に被告蒲田が道路の左側を進行していたとしても、対向車の状態を常に注意し、少しでも対向車に異常を感じたときには減速の措置を講ずるか或は停止する等して、事故の発生を未然に防止すべき義務があり、同被告は、前方から来る原告自動車が二度程右に寄るような気配を見せ、その異常に感じながら何等の措置もとらず、かつ事故現場の一一メートル位手前約四〇メートル前方において原告自動車が右に傾いて来たのを発見しながら、何等の制動措置も講ぜず漫然と同じスピードで進行し原告自動車が急制動をかけた状態でスリップ音と土けむりをたてながら九、二メートルも進行している間も、同被告は何等の制動措置をなすことなく、原告自動車が五メートルの直前に接近して、はじめて急制動をかけたがおよばず本件事故となったものである。
従って、同被告の過失は明らかである。
五、してみると被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により、被告蒲田は民法七〇九条により、川口清人の死亡により生じた損害を賠償する義務がある。ところで同訴外人は死亡当時三六才で生前中大工職人として稼動しており、一ヶ月少くとも六万円の収入があり、同人一人の一ヶ月の生活費は一万五〇〇〇円、同人が右収入を得るに必要な費用は一ヶ月二万円で、その就労可能年数は二七年であるから、同人は右事故死により、右死亡時から二七年にわたり一ヶ月二万五〇〇〇円の割合の得べかりし利益を失なったことになる。
これをホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を差引いて右死亡当時の金額になおすと、五〇四万一、二〇〇円となる。
原告川口ミヨノは、右訴外人の妻、原告川口清信、同正男は同訴外人と原告ミヨノ間にできた子で、同訴外人の被告両名に対する損害賠償請求権を相続分に応じ、各三分の一(各一六八万〇四〇〇円)ずつ相続した。
また原告らは、その夫または父の死亡により多大の精神的苦痛をうけた。
その慰謝料として、原告ミヨノについては一〇〇万円、同清信、同正男については各金五〇万円が相当である。
六、そこで、被告各自に対し、原告ミヨノは金二六八万〇四〇〇円、同清信、正男は各金二一八万〇、四〇〇円、および右各金員に対する本件事故後である昭和四〇年一月一日以降各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告らの本訴の抗弁に対する答弁)
被告会社の抗弁および被告らの抗弁中第一項はいずれも否認する。同第二項は認める。
(反訴請求原因に対する答弁)
一、請求原因第一項中反訴原告主張の損害の点は不知、その余の事実は否認する。
二、同第二項中川口清人と反訴被告らの身分関係は認めるが、その余は争う。
三、同第三項は認める。
(反訴請求原因に対する仮定抗弁)
本訴請求原因で述べたとおり、本件事故は被告蒲田の過失に基くものであるから賠償額の算定上斟酌せらるべきである。
被告(反訴原告)会社および被告蒲田訴訟代理人は、本訴につき、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、被告会社の反訴として、「反訴被告(原告)らはそれぞれ反訴原告に対し、金八万六、三三三円および右各金員に対する昭和三九年一二月三一日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。反訴費用は反訴被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言を求め、つぎのとおりのべた。
(本訴請求原因に対する答弁)
一、請求原因第一、二、三項の事実は認める。但し第二項の本件事故の時刻は午后五時一〇分頃である。
二、第四項は否認する。第五項は原告らと川口清人の身分関係のみ認めその余は争う。
(請求原因に対する被告会社の抗弁)
(1) 本件事故は、後記のとおり、川口清人の自殺行為に等しい一方的過失により発生したもので、被告蒲田には何等過失はなかった。同被告が本件事故につき過失のないこと次のとおりである。すなわち、
同被告は、本件事故当時は終始、道路の左側をしかも制限時速内の速度で進行していたのであり、原告自動車が横スリップを起しつつ被告自動車の進路に飛び出して来たのがあまりにも急激であったため、同被告において、急ブレーキをかけるいとまもなかったのである。もっとも原告自動車が被告自動車の進路に飛び出して来る一〇数メートル手前で、多少蛇行気味であったとのことで同被告もこれに気づいたようであるが、これとても田舎道において凹みをさけたり、凹みによるバウンドによることが多いのであるから、自動車運転者としては、対向車輛が自車の進路に突入する事態を予測して運転する義務なきものというべきであるから、これをもって同被告に過失ありとはなしえない。以上の点よりして、本件事故に関しては同被告に何等過失は存しないといえる。
(2) 兵庫いすずは被告蒲田を自動車販売員として選任し、これを監督するにつき注意義務を充分につくしていた。すなわち、同会社が自動車セールスマンに営業用自家用車を貸与し、デモンストレーション用販売車輛(被告自動車もこれに当たる)に乗務の許可を与えるについては、次の如き条件と規則を有し、これを実行している。
A セールスマンにおいて免許証を所持し相当の運転経験を有し、事故等の前歴を有しないこと。
B 車輛の使用許可には上司の事前の許可と運行後の報告を要すること。
C 毎日の朝礼に当り安全運転に関する斉唱ならびに注意すること。
D 事故者違反者に対しては就業規則に照し厳重に処分すること。
E その他日常の監督を怠らないこと。
(3) 被告自動車には構造上の欠陥または機能障害はなかった。すなわち、
右自動車は陸運事務所へは未登録の新車であり、警察の臨時運行許可を得て販売のためのデモンストレーション用に販売員である被告蒲田が乗務していたものであるが、昭和三九年一〇月二八日東京都品川区南大井六丁目二二番地一〇号いすず自動車株式会社本社工場において運輸省の認可ある検査官の完成検査をうけ、その異常なきことが確認され(右検査の有効期限は六ヶ月)、更に同年一一月一一日陸運の方法により兵庫いすずに異常なき点検をうけて納品され(走行キロ数一〇三キロ)、同年一二月二九日更に念入な点検がなされ、異常なきことが確認されたものである。従って本件事故当時被告自動車は完全な状態にあった。
以上のとおりであって、兵庫いすずには自動車損害賠償保障法第三条所定の免責事由が存するから、本件事故による損害賠償義務はない。
(本訴に対する被告らの抗弁)
一、被告らは過失相殺を主張する。
二、原告らの損害金のうち、一〇〇万円については、原告らに対して自動車損害賠償責任保険による支払がなされた。
(被告会社の反訴請求原因)
一、本件事故(本訴請求原因第一項の事故)は、川口清人の過失により惹起されたものである。すなわち、
亡川口清人は、北条町方面より原告自動車を運転して舗装路を高速で南下して来たところ、本件事故現場の五〇メートル位手前で突然舗装がきれ、地道との継ぎ目に出来ていた凹みに落ち込み車体がバウンドし、ためにあわててブレーキを踏み込み減速せんとしたが、車輛の整備が不完全で左後輪のタイヤの磨耗が右側より大きく、且つ砂利道であったので、ブレーキの利きの大きい右側へ向い横スリップを始め、同訴外人は免許取得後わずか六ヶ月という未熟者でかつ酩酊していたので、ブレーキより足を離すべきであるのにこれを踏み続け、かつ足の動作のためハンドル操作がおろそかになって対向車道に飛び出し、県道対向車道を北進して来た被告自動車に衝突したものである。このため、被告自動車の前部ボンネット附近が大破し、兵庫いすずとしては破損のまま第三者に処分するほかなかったので、新車として価格六七万九〇〇〇円のところ、四二万円で処分し、差額二五万九〇〇〇円の損害をうけた(仮に修理したとしても修理代はほぼ同額の見積である。)
二、川口清人は、民法七〇九条により兵庫いすずに対し、右損害を賠償すべき義務あるところ、昭和三九年一二月三〇日死亡し、反訴被告(原告)らが法定相続人として、右債務を各三分の一づつ相続した。
三、兵庫いすずは昭和四一年四月一日反訴原告(被告)会社に吸収合併され、反訴原告会社が兵庫いすずの右損害賠償請求権を承継した。
四、そこで反訴原告は反訴被告ら各自に対し、各金八万六三三三円および右各金員に対する本件事故の翌日である昭和三九年一二月三一日以降支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
証拠 ≪省略≫
理由
一、本訴請求について、
(1) 請求原因第一、二、三項の事実は、本件事故発生の時刻を除き当事者間に争いなく、右時刻は、≪証拠省略≫により、同日午后五時一五分頃と認められる。
(2) 被告会社の、本件事故は、川口清人の一方的な過失によるもので、被告蒲田には過失はなかったとの主張について、
≪証拠省略≫によると、川口清人は、当日午后三時半ないしは四時頃から同五時前頃までの間に、加西郡加西町田原五八〇番地山枝政弘方において、天ぷらのえび、お好みあられ等をさかなに同人とトリスウイスキーを各一・五合位飲み、その帰途、本件事故にあったこと、≪証拠省略≫によると、川口清人は普通自動車の免許を取得したのが昭和三九年七月一日であること、≪証拠省略≫によると、原告自動車はブレーキをかけ横すべりしながら、県道の高砂方面に向って左側から右側、被告自動車の前面に飛び出して来て本件事故となったこと、原告自動車のタイヤの磨滅度は後輪右側が約三〇パーセント、左側が約四〇パーセントであったことの各事実が認められ、右認定に反する証拠なく、右事実によると、川口清人は、普通自動車運転免許取得後日も浅く、かつ飲酒して運転し、何かの原因でハンドル操作を誤り、急ブレーキをかけたがタイヤが横すべりして、被告自動車の進路前方に飛び出し、本件事故となったと推認できるから、本件事故について、川口清人の過失は明らかである。なお≪証拠省略≫によると、右川口清人の平素の酒量は清酒で一升程度であったことが認められる。
ところで、被告蒲田の無過失の点については、≪証拠省略≫に、被告会社の主張に沿う供述および記載があるが、≪証拠省略≫によると、本件事故当時、事故現場附近の県道は非舗装で幅員六・一メートル(但し当裁判所の検証時には舗装されていて幅員六・五メートル)、被告自動車の左後車輪のスリップ痕の最初(南端)の地点は、同県道西端の線上、右地点と垂直に交わる地点から一・三メートル、被告自動車の幅員は一・四九五メートル、従って被告自動車のブレーキがかかった際の被告自動車の右側は県道の中心線附近にあること、また衝突後の情況から最初に衝突した際の被告自動車の前輪はほぼ真直ぐで、ハンドルを左に切った様子もないこと、右最初の衝突では原告自動車の左先頭部と被告自動車の左前部とが衝突し、これと同時に両自動車の惰力で被告自動車の右側前部と原告自動車の左側客席ドアが二次衝突を起こし、被告自動車右側前部が右原告自動車のドア部に強く喰い込んだ状態で道路西端に停止したことが各認められるところ、≪証拠省略≫によると被告自動車の後輪のスリップ痕(左右とも約二メートル)が県道の両端の線に平行でなく同県道被告自動車の進行方向に向ってやや左斜めに向いていると見受けられるので(≪証拠表示省略≫)被告自動車は事故現場にいたるまで果して終始左側を進行しており、本件事故誘引の原因をなしたものでないと断定できるか疑問が生じ、この点から、≪証拠省略≫を全面的に信用することはできないし、また≪証拠省略≫によって認められる、事故の際の原・被告自動車のスリップ痕を比較すると原告自動車後車輪のスリップ痕は左車輪で九・二メートル右車輪で七・八メートルであるのに、被告自動車のスリップ痕はわずか二メートルである点から、被告蒲田が、事故直前原告自動車が被告自動車の進路前方にブレーキをかけつつ飛び出して来る際に同被告がいちはやく危険を感じ急ブレーキをかけておれば、たとい衝突そのものは避けえなかったにせよ、本件事故の如く、原・被告自動車が激突し、川口清人が死に至る程の結果とならなかったのではないか、従って、被告蒲田のブレーキをかけるのがおくれたことが、本件事故の結果の増大をもたらしたのでないかとの疑いも生ずるから、被告蒲田が本件事故につき過失がなかったとの証明なきに帰し(過失の有無が断定できない場合でもその有無につき合理的な疑いが存する限り無過失の証明がなされたとはいえないので)その余の点について判断するまでもなく、兵庫いすず従って被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により、川口清人の死亡による損害を賠償する義務がある。
(3) つぎに、被告蒲田の過失の存在が認定できるかどうかを検討するに、≪証拠省略≫を綜合すると、同県道は、本件事故当時、事故現場から北方約六〇メートルの地点までしか舗装されておらず、右地点以南は非舗装の土道ででこぼこが多く、殊に事故現場から約百四、五〇メートル南、同県道が大きく左にカーヴしきるあたりから県道の北(被告自動車の進行方向)に向って本件事故現場の南五〇メートル位あたりまで、約一〇〇メートルの間の左側に特にでこぼこがはなはだしく、右の附近を北行する自動車は多く道路中央よりも右寄を進行していたとの事実が認められ、また前認定のとおり、被告自動車のスリップ痕の点から右寄を進行していたのではないかとの疑いがないでもないが、他方川口清人の飲酒運転を考慮すると、これらを綜合しても、被告自動車が、事故現場附近まで右側を進行して来て本件事故を誘発したと推断するのは早計であるし、その他≪証拠省略≫によって認められる本件事故の情況によるも、被告自動車が右側を進行して来たとしなければ、事故の発生が通常考えられないというような必然性も認められないし、また、被告蒲田秀夫の本人尋問によると、同被告は、本件事故現場の四〇ないし五〇メートル北方を対向して来る原告自動車の運転状態が多少フラフラしていることに気づいていることが認められるが、路面のでこぼこによるものと軽く考えたことが認められるので、かかる場合までも同被告に徐行する等して事故を未然に防止する注意義務ありとすることは酷に過ぎ、到底認め得ない。
更に、前認定のとおり、被告蒲田に、事故直前ブレーキをかけるのがおくれ、結果の増大をもたらした過失があるのでないかとの疑いについても、これのみで同被告に過失ありと積極的に肯認することは困難である。
他に本件事故発生ないし結果の増大について、被告自動車の運転手である被告蒲田に過失があると認めるに足る証拠はない。
してみると、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの被告蒲田に対する本訴請求は失当として棄却すべきである。
(4) ≪証拠省略≫によると、川口清人は生前大工職人をして、その事故死当時一ヶ月六万円の収入を得ており、そのために毎月二万円の費用を要すること、同人の生活費として一ヶ月平均一万五〇〇〇円を要すること、同人は死亡当時三六才普通健康体の男子であったことが認められ、右認定に反する証拠はない。ところで第一〇回生命表によると、三六才の普通健康体の日本男子の平均余命は三四・三八年であり、右大工職が肉体労働を主とするものであることを考慮し控え目にみても五五才までは右職業に従事しえた筈であること明らかであり、そうすると同人は、右事故死後一九年間にわたり毎月二万五〇〇〇円の割合の得べかりし利益を失なったというべく、これをホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して右死亡当時の金額になおすと、四〇〇万〇八九二円(円以下切捨)となる。
ところで右事故については、川口清人にも、前認定のとおり過失が存し、これを斟酌すると、この点についての兵庫いすずの賠償額を一〇〇万円と認めるのが相当である。
(5) 原告らと川口清人の身分関係は当事者間に争いないから、原告らは各相続分に応じ右請求権を相続したというべきところ、原告らが自動車損害賠償責任保険により合計一〇〇万円の支払をうけたこと当事者間に争いがないから、原告ら各人の右債権額は填補されたこととなる。
(6) 原告らは、その夫、父の死亡により多大の精神的苦痛をうけたことが認められる。従って被告会社としても、これにつき慰謝料を支払うべきであるが、川口清人の過失、その他諸般の事情を考慮し、その額を原告ミヨノにつき四〇万円、その余の原告らにつき各二〇万円をもって相当と認める。
(7) そうだとすれば原告らの請求は、被告会社に対し原告ミヨノは金四〇万〇〇〇〇円、その余の原告らは各金二〇万〇〇〇〇円および右各金員に対する本件事故後である昭和四〇年一月一日以降支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当として棄却し、訴訟費用につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。
二、反訴について
(1) 本件事故が亡川口清人の過失によるものであること前認定のとおりであり、同人と反訴被告らの身分関係は当事者間に争いないから、反訴被告らは、その相続分(各三分の一)に応じ、本件事故によりうけた兵庫いすずの損害を賠償する義務がある。
(2) ≪証拠省略≫によると、
本件事故により、被告自動車の前部ボンネット附近が大破し、同自動車は新車で価額六七万九〇〇〇円のところ、これを四二万円で処分するほかなく、兵庫いすずはこれがため二五万九〇〇〇円の損害をうけた。
との事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
被告蒲田の過失の認められないこと前認定のとおりであるから、過失相殺は認められない。
兵庫いすずが被告会社に吸収合併されたことは当事者間に争いがない。
(3) してみると、反訴被告ら各自に金八万六三三三円および右各金員に対する本件事故の翌日である昭和三九年一二月三一日以降各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める反訴原告の請求は理由があるから、認容し、訴訟費用につき民訴法第八九条、第九二条、九三条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原田久太郎 裁判官 保沢末良 河上元康)